初めまして。metz-projectの自己紹介ページです。
まずは、metz-projectのM、E、T、Zの意味のご説明からいたしましょう。
Meet (again) & Enjoy Teaching of Budda & Zen meditation の頭文字にProjectをつけました。
「仏教と禅(瞑想)に、(もう一度)出会って、楽しみませんか?プロジェクト」こんな感じです。
なぜ、禅だけ取り出しているの?等、気になる方は、以下の「代表 天川和美」がプロジェクトを立ち上げるまでのストーリーをご覧下さい。
東日本大震災、あのテレビの映像を見て、「これは現実なのか?」と衝撃を受けた人は世界中に多か った。
その直後の原発事故。原発の地元、双葉町の方々が、埼玉県騎西町に町ごと避難していらした。
騎西町に近い久喜市に住んでいた私は「運動関係で、避難している方々のお力になれることはないか?」と、避難所の保健センターを訪ねた。
しかし、出遅れたこともあって、「運動関係のサポートは充分間に合っている」とのこと。それでも、色々お話しているうちに「法話を聞いてみたい」というお話があった。
早速、手配して、法話会をした。
30名ほどの方が集まってくださり、喜んでくだった。
お話は、私にも新鮮だった。それまで、「法話」というと「ちょっといい話」というイメージだったが、違った。
ちょうどその頃、介護予防教室の仕事に関わっていたので、仕事でも「法話」をお願いしたりするようになった。
仏教文化に興味を持った私は、「一度やってみたい」と思っていた坐禅をしてみた。
長いお線香がともるまでの間40分くらい?、続けて座っていたら、当然のことながら、足はしびれた。半眼というのだそうだが、目は閉じず、半開き(斜め下を見ると自然とそうなる)。眠くなった。たまたま、目が覚めているときは絶え間なく雑念が浮かんできて「無」どころではない。
そういえば、呼吸へ意識を向けると教わったような気がしたので、そのようにしてみた。呼吸しながら、呼吸に伴って膨らむ身体の感覚しぼむ感覚を追ったりしていた。
やっと終わったら、今度は歩く坐禅=経行を教わる。これはバランストレーニングだと思った。その後は読経。お坊さんの大きな声に圧倒された。どうしてあんな大きな声が出るのか…
こうして、初めての坐禅は、とても「良い坐禅」とはいえず、終わった。
ところが! 坐禅を終わってみると、「なんか身体の具合が良い」
日頃から、運動指導の仕事をしている関係で、勉強の為に「身体のコンディションを整える方法を学ぶ講座」などに参加しているが、それに参加した後と同様な気持ちよさ!
「ただ座っているだけなのに!」「お金もかからないのに!(ちなみに勉強のための講習会に参加すれば安くて5千円、1万円くらいが普通)」これなら一生できる!運動が嫌いな人でもできる!と驚いたのが、このプロジェクトの始まりとなった。
せっかくだから、定期的に坐禅をしたい、と思ったものの、近くに定例座禅会をしてくださる場所はなく、遠くに行くには、費用と時間がかかってしまう…ならば!自分で、その場を作るのはどうかしらん?と定例座禅会をスタート。
その後、写経や写仏も試してみた。思ったより楽しめた。
そんなある日、ふと気づいたのが、「仏教文化は、健康つくりにつながる」ということだった。詳しく話すと長くなるのでやめるが、いわゆる修行や振る舞いの中に、ウォーキングあり、筋トレあり、バランストレーニングあり、脳トレあり、口腔体操につながる要素あり。さらに、坐禅はメタ認知を獲得するのにつながるとあれば、認知症の予防にもなる可能性が。
そして、仏教は哲学がある(私の中では、お釈迦様は偉大なカウンセラーかな?という理解。仏教の考え方は心理学につながる要素があるようだ。宗教的にも付き合えるけれど、生き方を学ぶ、という哲学に近く感じている)
こうして、「仏教文化を楽しむ=健康つくりにつながる」と合点!
自分の仕事が目指すところにもつながるなんて!とウキウキした私は、興味の赴くままに、コラボイベントと称して、色々なイベントを楽しんでいる。
すると、日本には仏教芸術が社会資本として充実していること、更に、仏教文化を楽しむことは歴史を知ることにもつながり、色々な楽しみ方が出来ることに気づいた。
こうした取り組みは、たまたま並走してくださるお坊さんに出会えたことによる。とにかく博識な方で「仏教的視点で映画解説お願いできますか?」などという無茶振りにも喜んで付き合ってくださるので、感謝している。
運動指導者としては、一番興味があるのは、やはり坐禅だ。最初の「身体が整った」驚きは忘れられない。
また、「宗教」として、敬遠されがちな仏教文化だが、「禅」はなぜか、抵抗が少ない。マインドフルネスなどの影響もあるのか…。
知るほどに奥深さを感じる仏教だが、双葉町の避難所で、「人生は山登りにたとえられますよね。石ごつごつの険しい山道を裸足で登っていたところを、靴を履けるようになったら楽に登れるようになりますね。仏教を知る=世の真理を学ぶ、というのは、人生の坂道を靴を履いて登れるようになるようなものです。」と話していたお坊さんのお話を時々思い出すことがある。
(metz-project代表 天川 和美)
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